出雲神話ものがたり オオナムチとスセリヒメ編 『いざ!出雲の国づくりへ』
「大きな袋を肩にかけ、ダイコクさまが来かかると、そこにいなばの白兎、皮をむかれて赤はだか」
これは、童謡の一節ですが、ダイコクさまとは、大国主神(このときの名前はオオナムチ)のことで、大きな袋の中は、たくさんのお兄さんたちの、着替えの下着や服・持ち物が入っていました。
オオナムチは下の弟なのでお兄さんたちの荷物を持たせられていました。
荷物が重くてお兄さんたちよりだいぶ遅れて歩いていました。
行く先は、いなばのお姫さまのところで、お兄さんたちは、自分のお嫁さんにしようとみんなが思っていて、先をあらそっていました。
お兄さんたちは、下の弟に荷物を持たせるぐらいですから、皆少しいじわるでした。
白兎が皮をむかれたのは、海のワニザメをだましたのでかまれて皮がはげたのです。でも、お兄さんたちは、その白兎を見ていじわるをしたのです。それは、兎に塩水で身体を洗って風にあたってかわかせと教えたのです。そんなことをしたら身体がひりひりと痛み死ぬ思いをします。そのため兎はワニザメにかまれた時よりももっと苦しんでいました。
オオナムチは、ちょうど兎が苦しんでいるところへ来かかったのです。兎の話を聞いて、海の塩水ではなく川の水で身体を洗い、ガマの穂綿で身体をつつんで休みなさいと教えてやったのです。すると兎は傷が治って元の身体になりました。
オオナムチはこのようにやさしい神さまでした。
たくさんの兄神たちは、いなばのお姫さま(ヤカミヒメ)のところへ到着していました。そしてかわるがわるいろいろなことを話してお姫さまの気を引こうとしますが、もともといじわるなお兄さんたちですので、お姫さま(ヤカミヒメ)は知らん顔でお兄さんたちの話は聞きません。そこへだいぶ遅れてオオナムチが到着しました。荷物が重い上に兎の傷を治してやったりしたので、すっかり遅れてしまったのです。
ヤカミヒメさまは、オオナムチをひと目見るなりそのやさしさがわかり、すっかり気にいってオオナムチのお嫁さんになってしまいました。これを知った兄神たちはカンカンに怒ってオオナムチを殺そうと相談しました。そして、出雲への帰り道でオオナムチをだまして山の上から赤い大きなイノシシがおりてくるから下にいてつかまえろと命令し、山の上から真っ赤に焼いた岩を投げ落としました。そんなこととは知らないオオナムチはしっかりと受け止めました。すると、身体が焼かれて大やけどで死んでしまいました。
これを見たお母さんは、たいへん悲しんで天の国の神さまにオオナムチを助けてくださいとお願いをしました。天の国の神さまは、キサガイヒメとウムガイヒメという二人の貝の神さまをおくってくださいました。この貝の神さまの治療のおかげでオオナムチは生き返ったのです。生き返ったことを知った兄神たちは、また、オオナムチの命をねらいだしました。そこで、お母さんはこのまま兄神たちといっしょにいたら大変なことになると思い、根の国へオオナムチを逃がしました。
根の国へ到着したオオナムチが最初に出会ったのはスサノオの娘スセリヒメでした。根の国を支配していたのはスサノオだったのです。スセリヒメはオオナムチをひと目見るなり、とても美男子でやさしそうな青年だったので、すっかり気に入ってオオナムチのお嫁さんになってしまいました。お父さんのスサノオにお嫁さんになったことを話すと、スサノオは恐い顔をして娘スセリヒメのむこさんとしてふさわしい男かどうかを試そうと思いました。
まず、はじめの夜はヘビのうようよいる部屋へ泊まらせました。そのときスセリヒメはこっそりヘビをおとなしくさせる布切れを渡し、ヘビがおそってきたらこの布を三度ふりなさいとおしえました。そのおかげでぐっすりと眠ることができました。スサノオは次の朝、元気なオオナムチを見て、びっくりし、次の夜はムカデとハチのいっぱいいる部屋へ泊まらせました。このときもスセリヒメが毒虫をおとなしくさせる布切れを渡し、使い方を教えました。そのとおりにすると、たくさんの毒虫(ムカデ・ハチ)たちはみんなおとなしくなり、また、ぐっすりと寝ることができました。スセリヒメのおかげでスサノオからの二度の試しを無事に乗り越えました。
これにはスサノオもびっくりして、なかなかすごい男だと心の中では思っていましたが、娘のスセリヒメを嫁にやることはいやで、次に大変な問題を出しました。背の高さぐらいに草が生えている野原にオオナムチを連れてきて、弓に矢をつがえ草原の中へヒューッと放ちました。そして、その矢を取って来いと命令したのです。オオナムチはすぐに草原の中へかけこみました。
オオナムチが草原へかけこんだのを見たスサノオは草原の周りから火をつけたのです。オオナムチがかけこんだ周りから火がすごい勢いで燃えてきます。このままではオオナムチは焼け死んでしまいます。これにはさすがのオオナムチもどうすることもできず困っていました。
そこへどこからともなくネズミがあらわれ何かを言っています。耳をすましてよく聞くと「外はすぶすぶ・内はほらほら」と言っているではありませんか。オオナムチは外は火が燃え上がっているけど、内はほら穴なのかと思い、足の下をドンと踏みつけると穴があいて体がすっぽりと入ってしまいました。火は穴の上を通り過ぎ、オオナムチは助かりました。
そこへネズミが、スサノオがはなった矢をくわえてあらわれました。その矢を持ってオオナムチはスサノオのところへかえって来ました。スセリヒメはオオナムチが焼け死んでしまったものと思い、悲しみながら葬式の準備をしていましたが、帰ってきたオオナムチを見ておおよろこび、スサノオはしぶい顔で、なんてすごい男だとびっくりしました。
スサノオはすっかりオオナムチの力を信じて自分の頭の髪の中にいるシラミ取りを命じました。スサノオの頭の中にはシラミではなくムカデがいっぱいいたのです。スセリヒメは赤土と椋の実をオオナムチに渡して椋の実を音をたてて噛み、赤土を口にふくんで吐き出し、ムカデを噛んで血のまじったものを吐き出していると思わせるように教えました。
スサノオはすっかり気を許して大いびきをかいて寝込んでしまいました。
オオナムチは、スサノオが寝ている間にスサノオの長い髪を何本かの家の柱にしばりつけて、スセリヒメを背負って、スサノオの宝物の弓矢と大刀、琴を持って地下の国から抜け出しました。逃げ出す途中スセリヒメの持っている琴が木の枝にふれてボローンとものすごい音が鳴りひびきました。その音で目をさましたスサノオが飛び起きましたが、髪が柱にしばってあり家を引き倒して、オオナムチの後を追いかけました。
オオナムチとスセリヒメはその間に根の国と地上の国の境目までやってきました。オオナムチたちが地上の国に出るまでにスサノオは遠くから二人に向かって、おまえたちが持っている弓矢と大刀で、お前の兄神たちをやっつけて従え、スセリヒメを嫁にして、大きな宮を建て、偉大な国主となって出雲の国を築け、こいつめ!と、最後の言葉をおくりました。
二人は出雲の郷をめざして出立し、立派な国つくりに励みました。
この時からオオナムチは大国主神となりました。
葦原のなかつ国(出雲)の主となったオオクニヌシは、スサノオから譲り受けた強い弓矢と大刀で、今までさんざんいじめられ殺されかけた兄神たちを倒し、出雲の国主となったのです。
出雲の国のあちこちに住む人々を従え国をどんどん大きくしました。そこに住んでいるお姫さまたちとは特に仲良しになり、ほとんどのお姫さまをお嫁さんにしました。
高志(こし)の国に美しいヌナカワヒメという方がおられると聞くと、会いたくてたまらず、新潟の方なのにはるばる出かけて行き、お嫁さんになってくださいと長い歌をうたわれましたが、お姫さまは家の戸を開けずに明日の晩まで待ってくださいと歌い返されました。そしてその歌のとおり次の日の晩に二人は仲良く結婚されました。
オオクニヌシとヌナカワヒメの結婚を聞いたオオクニヌシの奥さんのスセリヒメは、たいそうやきもちを焼いてオオクニヌシをせめたてたので、オオクニヌシは出雲を出て奈良のほうへ行ってしまおうと思い、馬に乗って出発しかけられました。そこへスセリヒメがやってきて、貴方にはいたるところにお嫁さんがおられるでしょうが、私は女ですから貴方しか夫はいません。いつまでも私をお嫁さんにしておいてください。と言っておいしいお酒を差し出されました。オオクニヌシはすぐにそのお酒を飲んで、出発をやめられスセリヒメと仲むつまじく出雲に住まわれることになりました。
こんなことがあった後もオオクニヌシは、近くの土地を回ってはお姫さまがおられるとすぐにお嫁さんにしたくなり、声をかけられました。宇賀の郷にはアヤトヒメというお姫さまがおられ、声をかけられましたが、アヤトヒメはお嫁さんになるのをことわって逃げてしまわれました。オオクニヌシがお姫さんに逃げられたのは珍しいことです。
また、朝山の郷にはマタマツクタマノムラヒメというお姫さまがおられました。このお姫さまのところへは毎朝かよって仲良くされました。毎朝かよわれたのでこの土地を朝山というようになりました。
また、八野の郷にはスサノオの娘ヤヌノワカヒメがおられました。オオクニヌシはこのお姫さまをお嫁さんにしようと屋(家)を建てて通われました。それでこの土地を八野といいます。
さらに、滑狭(なめさ)の郷にはスサノオの子ワカスセリヒメがおられ、このお姫さまとも仲良くなられここへもかよわれました。ここの川の中にとても滑らかな岩があり、オオクニヌシはワカスセリヒメの肌のようになめらかだなぁとおっしゃったのでこの土地を滑狭の郷というようになりました。
オオクニヌシが出雲の美保の岬にでかけているときのことです。海をながめておられると波の上にガガイモのさやを半分にした舟に、蛾のような虫の皮を洋服にした小さな神さまが乗って近づいて来るではありませんか。その小さな神さまに名前を聞かれたが何も答えられません。まわりのお供の人たちにたずねられても誰も知りません。するとカエルのタニクグが「クエビコなら知っていると思います」と言いました。すぐにクエビコを呼び出してたずねると、「スクナビコナさまです」と答えました。
スクナビコナはいろいろなことを知っておられてオオクニヌシとともに出雲の土地を豊かにする働きをなさいました。ヒエやアワ、コメなどの作物を育てられ、食べ物を豊かにされました。
また、けがや病気の薬のこともよく知っておられ、皆が長生きをするようになりました。川に土手をつくって洪水をふせいだり、田んぼを増やしたり、出雲のいたるところが住みやすい土地となりました。
スクナビコナは小さい神さまですが、出雲の国にとってはなくてはならない神さまでした。オオクニヌシと共に出雲の国を見ちがえるような豊かな国にされたのです。
また、この二人は日本の中をあちらこちらと歩きまわってほかの土地のようすを調べたりもなさいました。
しかし、ある時急に常世の国(とこよのくに)に渡るとおっしゃって背の高いアワの穂先までのぼられアワの穂先のしなりと共にピョンと飛んで常世の国に渡ってしまわれました。